脳から文法処理をさぐる
What can studying brain tell us about our understanding of grammar?

酒井 邦嘉(東京大学 大学院総合文化研究科)
Professor Kuniyoshi Sakai, University of Tokyo


 言語に規則があるのは、人間が言語を規則的に作ったためではなく、言語が自然法則に従っているからである??。こうしたチョムスキーの言語生得説は激しい賛否を巻き起こしてきたが、最新の脳科学は、この主張を裏付けようとしている。実験の積み重ねとMRI(磁気共鳴映像法)やTMS(経頭蓋的磁気刺激法)に代表される技術の向上によって、脳機能の分析は飛躍的な進歩を遂げた。本講演では、母語の文法能力を中心に、言語という究極の難問について脳科学の視点から概説する。
 脳科学の進歩に伴い、人間の脳活動を画像として捉える機能的MRIを用いて、心のさまざまな機能の座が、脳のどこにあるかを調べられるようになってきた。しかし、人間だけに備わった言語能力が、その他の心の機能と原理的に分けられるかという問題は、アメリカの言語学者のチョムスキーとスイスの発達心理学者のピアジェによる有名な論争(1975年)以来、認知科学における中心的な謎であった。本講演では、言語の本質である「文法」という抽象的な概念が脳の中でどのように使われているかという疑問に対し、特定の大脳皮質の働きとして客観的に答えようとする研究を概説し、記憶などの認知機能では説明できない言語能力の座を特定した最新の知見を紹介する。我々は、一般的な認知機能の代表として記憶にスポットを当てる一方で、言語機能の中心として文法を位置づけて、両者を対比させた。その結果、言語理解に対する特異的な活動が左脳の前頭前野に局在することを発見した(Neuron, 2002年8月号)。言語の脳科学の成果は、一般的な認知発達の枠組みでは説明できない「言語の生得性」に対する理解を深めることに貢献すると考えられる。
参考図書:酒井邦嘉『言語の脳科学』(中公新書, 2002年)