共催:
東北大学21世紀COEプログラム(言語認知総合科学)
日本音響学会東北支部




第1回 
「言語・脳・認知」シンポジウム

「音声・言語・脳」:統合的理解を求めて
―物理科学、脳科学、認知科学からのアプローチ−

日時: 2005 年 9 月 30 日(金) 10:00-13:00
場所:東北大学川内キャンパス(マルチメディア教育研究棟6階ホール)

地図・アクセス) (問い合わせ先)


入場無料・来聴歓迎




[プログラム]


講演1: 「脳の言語機能理解の道筋を探る」   
                     講師: 武田暁(東京大学/東北大学:物理学)
演2: 音楽を聴くように音声を聴く:音声情報処理の一つの可能性  
                     講師: 峯松信明(東京大学:音声言語工学)
パネルディスカッション(討論者):
                     伊藤彰則(東北大学:自然言語処理学)
                     今泉敏(県立広島大学:コミュニケーション脳科学)
                     山田玲子( ATR 人間情報科学研究所:認知心理学)
総合司会:
                     佐藤滋(東北大学:計算言語学)

 

[開催趣旨]

  人文科学としての言語学研究、物理科学から生まれた音声科学研究は、それぞれに長い歴史を持っています。これらの分野の研究者らは、ヒトを人たらしめる基盤としての言語の現象の観察・分析をそれぞれに進めてきました。この半世紀ほどの間に、一方にはチョムスキーらによる生成統語論の整備、また一方には信号処理技術を基盤とした音声工学の成果があり、めざましい発展を遂げてきました。
   近年、脳観測技術の進展に伴い、言語現象に対応する脳内表象を求める研究が盛んになっており、言語音声の神経的な基盤が次第に明らかになるにつれて、言語理論との対応としての脳内表象を求める研究ものぞまれています。しかしながら、言語のような複雑かつ統合的な現象を生みだす大脳の機能を包括的に記述し、そこから音声や言語のふるまいを説明するには、私たちの知見はいまだ部分的であります。
   脳自体は、外界をどのように自己内部に写像しているのでしょうか、さらに個別的には、音声認識や言語習得などの脳内メカニズムはどのようになっているのでしょうか。音声科学や言語学には、このような積年の課題があります。言語を生みだす脳に関するこのような問いかけは、根源的な解決を要求するものであり、いつの日か、音声や言語についての脳の統一的な制約を知りたいと願うものです。本ワークショップでは、音声、言語、脳の間にあり得る統合的な構造について二つの講演とパネルディスカッションを通じて、今後の研究の発展につながるような議論を進めたいと考えています。


[講演要旨]


講演1:「脳の言語機能理解の筋道を探る」


   脳の言語機能に関しては脳機能の fMRI 等による画像化、脳波・磁気刺激等による脳活性化の時間経過測定等により有効な知見が得られているが、これらの観測結果のみからは活性化脳部位がどのようにして特定の言語機能を営んでいるかは殆ど分からない。一方、サルやネズミ等の脳の局所部位に多重微少電極を挿入してニューロン集団の活性化の様子を調べる実験から多くの興味ある事実が明らかにされてきているが、人間に対してこの種の実験ができないために、言語機能を支えるニューロン集団の活動の様子を直接調べることは困難である。
   この講演では、 1 .脳機能は単純な脳機能の複雑な組合せにより理解できる、 2 .単純な脳機能は哺乳動物に共通している、という仮設に基づいて、ニューロン集団の機能として言語機能を理解する道筋を述べる。 19 世紀後半の物理学における熱力学から分子・原子論に基づく統計力学への移行の道筋と同様に、ニューロン集団の機能として言語機能を理解する道筋が何れは成功することを予期している。講演では単純な脳機能に関する最近の知見を概括した後に、複雑な脳機能の具体例として、単語の音声認知、単語から文の生成機構等をとりあげて少し考察してみる。
   参考文献:
脳は物理学をいかに創るのか、岩波書店、 2004 、武田暁
Developement of Physics, EOLSS(Encyclopedia of Life Supporting Systems, UNESCO, Vol.6, 2004, Gyo Takeda


講演2:「音楽を聴くように音声を聴く:音声情報処理の一つの可能性」

   音声の物理は多様である。全世界には60億以上の人間がいる。これは60億以上の「あ」という物理実体が存在することを意味する。話者だけではない。マイクが変わる,伝送路が変わる。それだけで「あ」の物理特性は変わり,その多様性は爆発的に増える。その一方で,人間はそのような多様な音声を「最も楽なコミュニケーションメディア」であると考える。何故だろうか?まるで音声中の言語的情報は,話者やマイクの違いを超越した音響的表象を持っているかのように感じる。
   カラオケに行く。流れてきた曲が自分の声のレンジに合わない。キーを上げ下げして調節する。その結果,個々の音の物理特性は当然変化する。ただメロディーは変わらない。当然である。音の相対的な変化パターンがメロディーの本質であり,キーの上げ下げという全音符に等しく行なわれる処理に対して,この本質は不変だからである。
   「全ての音に等しく行なわれる変換操作に対して,ある種の音変化パターンは不変である」
   この簡単な原理を話者の違い,マイクの違い,伝送路の違いに導入することはできないだろうか?少なくとも,キーが変わってもメロディー同定の容易さが変わらないように,人・マイク・伝送路が変わっても,言語情報の同定の容易さは全く変わらないと,人は感じているはずだ。
   この単純な問いかけをベースに,音の変化だけを捉える音声の物理表象を導入した。音楽を聴くように音声を聴く,という方法論である。音の変化だけで単語は認識されるのだろうか?そこには「あ」を記述する絶対的な物理表象(フォルマント等)は何も無い。
   近代言語学の祖と言われるソシュールは言っている。「言語は概念的差異と音的差異だけの系である」と。提案している音声の音響的表象は100年以上前の言語学の議論を数学的に実装しただけでしかないことが事後的に見えてきた。個々の音を絶対的に捉えてきた方法論に対して,一つの新しい可能性を示す。



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