公開国際交流プログラム「韓国文化への誘い」─映像と言葉から見た日韓文化交流─

東北大学大学院国際文化研究科公開国際交流プログラム

日時:平成18年2月4日(土)
場所:マルチメディア教育研究棟6階大ホール(午前)
   マルチメディア教育研究棟206室(午後)

午前の部(10時〜12時15分)

講演:「日本大衆文化と共に見るソウルの風物」
講師:パク・ジョンヨル(韓国・中央大学校日語日文科教授)

午後の部(13時30分〜18時)

13時30分〜15時30分
映画:「殺人の追憶」(日本語字幕スーパー付き)
15時45分〜18時
講演:「韓国映画産業と韓日文化交流」
講師:イ・チュンジク(韓国・中央大学校先端映像大学院教授)


「韓国文化への誘い」(PDF)


パク・チョンヨル先生「日本大衆文化と共に見るソウルの風物」

〈講演要旨〉

1945年以後、長い間日本の大衆文化は韓国内でタブー視される状況が続いてきた。それが、金大中大統領時代の1998年から日本大衆文化の開放が段階的に行われ始めるようになった。2002年の日韓ワールドカップ大会をきっかけにして、日本人や日本文化に対する好感度も非常に高くなり、2005年には「日韓友情年2005」を記念する各種の事業が展開された。そんな中、日本では「冬のソナタ」をきっかけとした「韓流」ブームが勢いを増し、日韓両国の友好に良い役割をしている。これは韓国と日本の大衆文化がどちらか一方向だけに伝わるのではなく、互いに交流しているという意味でたいへん貴重な文化現象の一つであると見られる。

最近のソウルの風景の中に溶けこんでいる日本大衆文化は、実に様々な方面で発見することができる。コマーシャルにも日本人モデルたちが続々と出演しており、日本の音楽を韓国歌手がリメイクするのも日常茶飯事となった。日本歌手や俳優たちのファンクラブも活発に活動している。以前には見られなかった日本歌手のコンサート、歌舞伎、宝塚の公演など、驚くべき変化が起こったのである。

ソウルを闊歩する若者たちの間では、日本大衆文化も外国文化の一つと認識し、享有しようとする傾向が広がっている。これは新しい世界秩序の中で共存しなければならない両国の望ましい文化交流の姿である。ソウルの風景の中に溶けこみはじめたこのような望ましい傾向は私たち皆が大切にし、これからも発展させていかなければならないものである。


パク・チョンヨル(韓国中央大学校日語日文科教授)

〈講師紹介〉

1949年生まれ。茶道や民俗劇などの日本伝統文化から、現代日本の若者文化まで幅広いフィールドをカバーする韓国の日本文化研究、比較文化研究の第一人者。
中央大学校国語国文科を卒業した後、1982年〜86年まで筑波大学の歴史人類学研究科に留学、日本の伝統文化について研究する。現在は、韓国中央大学校の日語日文科の教授として、幅広く日本の伝統文化や現代日本の文化について研究をしている。著書には『日本の妖怪文化』(2005)、『日本の文化と芸術』(2000)、『日本伝統文化論』(1999)、『日本を強くした文化コード』(1997)など。


イ・チュンジク先生「韓国映画産業と韓日文化交流」

〈講演要旨〉

韓国の映画産業は、2004年には国内市場占有率59%を維持し、観客数1億3000万人、制作篇数82篇と活況を呈している。また3大国際映画祭を連続受賞するなど国際的に優秀な評価を受けている。講演では、韓国映画産業がこのように現在の発展に至った要因と背景について眺め、また今後の映画を通した日韓の文化交流のあり方について展望してみる。

韓国映画の発展には、1998年のIMF危機の克服と体質改善が大きな要因としてあり、また映画教育の爆発的広がりと優秀な人材養成や、世代交代があった。例えば「トンマッコル」「マラソン」「お前は俺の運命」などの2005年の代表作は、みな新人監督の作品であり、またお互いに違った背景を持つ監督たちの作品で、多様な人材の流入が可能にしたものであった。

しかし、映画産業の規模の小ささが多様性を萎縮させるという問題が、韓国映画のもっとも大きな弱点であり、アジア映画の可能性を共有する意味で日韓の共同制作が切実な課題としてある。最近の日本での韓国独立映画展と韓国での日本映画祭はよい結果をもたらすだろう。

この講演では、特にイ・チュンジク先生の映画人としての体験から、現場から見た韓国映画産業のあり方について興味深い話が聞けるものと期待される。



イ・チュンジク(韓国中央大学校尖端映像大学院映像学科教授)

〈講師紹介〉

1958年生まれ。映画人として映画製作の現場にも携わりながら、映画振興委員会委員長、デジタルシネマビジョン委員会委員長などを務める。
中央大学校演劇映画学科を卒業した後、映画演出学校ESRAで映画制作、演出などを学ぶ。1991年から中央大学校映画学科の教授として、「韓流」を支える多くの映画人を養成した。映画「24」、「水メガネ」、「Rock is Dead」などの作品を製作する一方で、映画振興委員会の委員長を2002年〜05年勤め、現在はデジタルシネマビジョン委員長を務めている。著書には『韓国映画の理解』などがある。

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